ルオー雑感

ルオー雑感

蔵本 芳弘(1組)



 東京駅で時間に余裕があると出光美術館に自然と足が向く。
それは、パリにつぐルオーの作品群が所蔵、展示されているからだ。
ルオーの絵を見たあと、皇居の緑を眺めながら飲むコーヒーは最高だ。
きっかけは約10年前、1枚の版画を見たことだった。
“正しい人は、白檀の木の如く己を打つ斧に香りを移す”という絵の前で動けなくなった。
キリストの受難をモチーフにした絵だ。決して美しい絵ではない。
私の筆力で表現できない圧倒的な何かが胸に迫ってきた。
これはもう、実物を見ていただくしか表現のしようがない。

 なぜ、あんなに心ゆさぶられたのか考えてみた。
ルオーはステンドグラス職人だった。
エリートでない。
遅れて美術学校に行き、マチスと出会い生涯の友となった。
マチスは若くして時代の寵児となった。
ルオーの絵は全く評価されなかった。

 画商から「宗教画でなく、もっと売れる絵を描け」と言われた。
しかし、ルオーはひたすら宗教画やピエロ、反戦風刺画を描き続けた。
二十世紀最大の宗教画家と評されたのは晩年だった。
ルオーはマチスを羨まず互いに切磋琢磨した。
私なら親友の出世に嫉妬し、画商の言うなりに消耗品の絵を描いたはずだ。

 10年前、私は風力発電の仕事をしていた。
同期のエンジニアに「お前は仕事が早い。だが何も考えていない。右から左に流しているだけだ」と批判された。

 山の上に風車を建設するプロジェクトがあった。
デンマークのSupervisorに「日本人はクレイジーだ」と言われた。
「Turbulence(乱流)がひどい。何故、こんな山の中に建てるのか」と言われた。
「日本とヨーロッパは自然が違う。こんな山にしか建てられないのだ」と心の中で叫んだが悔しい思いをした。
案の定、故障の連続だった。
内心、「リスクが大きすぎる、事業収益率が低すぎる。このプロジェクトは止めるべきだ」と思っていた。
当時は全国に次々と風車が建った。
あせりもあった。
トップの叱咤激励もあった。
プロジェクト推進会議で同期が目でノーとサインを送ってきた。
しかし、取締役、事業本部長が居並ぶ会議で私はノーと言えなかった。

 この頃、ルオーの絵と出会った。
白檀の木のように香りを移す生き方をルオーは愚直なまでの信念で描いた。
その絵から「お前にこのような生き方ができるか」と問われたようで動けなくなったのだ。
今なら長いものに巻かれず、ルオーのように愚直に自分を信じてノーと言える。

なくてならぬもの

なくてならぬもの

蔵本 芳弘(1組)

 人生になくてならぬものは何か?昨年、定年式の翌日に妻が亡くなった。あの日から考え続けた。妻は重い更年期障害に永年悩まされてきた。亡くなるまでの3ヶ月はお粥しか口にできなかった。前日は9時までテレビの「京都地検の女」を見て元気になったと安心した。翌日は病院に行く予定だった。突然の死に驚き、葬儀の手配から1ヶ月は疾風怒涛の毎日だった。いまは料理の腕も上達しようやく生活も落ち着いてきた。

 天国に財産や名誉は持っていけない。「この世で最後に残るものは信仰と希望と愛である。その中で、最も大いなるものは愛である」と聖書は説く。愛がなければ信仰も空しく希望もない。

 この愛はギリシャ語のアガペーである。ギリシャ語の愛は無償の愛のアガペーと友愛のフェリオ、エロスの愛と3つある。人生になくてならぬものは多くはない。ただ一つである。私達はその一つであるアガペーの愛を実践するために日々、生かされているのだと思う。ある映画で「君がどんな形であろうと愛し続ける」という台詞があった。

 今も妻に心で語りかけている。残された者はより良く生きなければならない。いつの日か天国で再会する時、充実した人生だったと妻に話せるよう日々を新たに生きようと決心した。

木藤君のソウル出張記

ソウル出張記

木藤 茂(8組)

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木藤君の見るも涙、語るも涙、涙あり、笑いありの、観光で行ったのか、就職活動で行ったのか、よくわからないソウル出張記は、LinkIconこちらから

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金沢あかり坂探訪

金沢あかり坂探訪

蔵本 芳弘(1組)



 はじめて北陸新幹線に乗り金沢に出張した。木倉町の居酒屋「大関」で飲んだ。金沢おでんが名物だ。年末に食べ損なったカニ面に再挑戦したがシーズンは終わっていた。香箱蟹の身と味噌をほぐし甲羅につめておでん種にする。手間がかかり品薄なのですぐ売り切れる。1個1500円の高級おでんだ。気さくな女将にお酌をしてもらい万歳楽の熱燗で金沢おでんを堪能した。

 2軒目はタクシーに乗り、浅野大橋の橋詰で降りた。主計町の茶屋街の灯りが浅の川のせせらぎに映えて浮世絵のようだった。「なべ太郎」の角を曲がるとバー「八巻」の提灯の灯りとあかり坂の緩やかなカーブを描く石段が見えた。

 美人ママとバイトの金沢美大の女子大生と話し込んだら、ほろ酔いになった。八巻から数歩あるくと五木寛之が名付けた「あかり坂」がある。「暗い夜に明かりを灯すような悲しい作品を書いた鏡花を偲んであかり坂と名付けた」と小説の一節が刻まれた石碑があった。石段をのぼれば泉鏡花記念館だ。酔い覚ましに少しあるいて近江町市場のある武蔵が辻でタクシーに乗りホテルに帰った。運転手は「新幹線で観光客は増えたんやが、シニアはバスに乗って歩くさけ~金になりませんわ」と嘆いていた。

 翌日は土曜日で鈴木大拙館に行った。広い水盤に映える白亜の瞑想の館で、四高同級生の西田幾多郎との友情や禅のこころに思いをはせながら心を静めた。ここは金沢21世紀美術館に近いが加賀八家の筆頭家老である本多家にあった森の緑を借景にして美しい。静寂の美を感じさせる名建築だ。庭続きの名勝「松風閣庭園」を見た。樹齢400年の古木と杉苔で覆われた2000坪の庭だ。北陸放送が所有し観光地図に載っていない。辰己用水から導水した霞ヶ池の小魚をジッと狙う青サギは置物のようだった。緑の小径をあるくと突然、滝が現れた。10mの落差を利用しクロスフロー水車で1kwを発電していたので驚いた。坂を登りきると県立美術館や兼六園が見える。

 お昼は長町、せせらぎ通りにある割烹「孫助」のカウンターでぶり焼き定食を食べた。北陸のぶりは美味い。朱壁の店内は30年前と変わらず懐かしい。久しぶりに金沢を堪能した。

新潟漆器を習う

新潟漆器を習う

蔵本 芳弘(1組)



 2年前から新潟漆器を習っている。講師は東京芸大で人間国宝、松田権六に師事した新潟大の小磯名誉教授だ。

 文化庁主催の東アジア文化都市2015というイベントが新潟市、中国青島、韓国清洲で共同開催される。
芸術祭や音楽祭が新潟市内で賑やかに開催される。
新潟漆器も展示されることになった。
私の作品が初めて展示されることになった。

 万代蒔絵の「寒椿」と「四十雀」を出した。
万代蒔絵とは黒漆の板の上にデザインを描き、砥粉と漆で作ったトン錆を盛上げ、その上に彩漆(赤、黄、緑)で花鳥風月を描き輪郭などを金、銀で表現したものだ。

 会期中は新潟漆器を使った食事会や地酒の試飲会が開催された。
また女性職人の作品展など盛りだくさんだった。
漆教室で作った錦塗りの夫婦箸を会場で販売した。

 新潟漆器は経産省が認定した伝統工芸品である。北前船で全国の技が新潟に集まった。
江戸時代、古町は料亭とお寺の注文が多く漆職人が千人以上居た。

 新潟漆器は変り塗りという竹塗りが特徴だ。
砥粉に漆を混ぜて竹の節を作り色漆で上塗りすれば本物そっくりに見える。
江戸から伝わった。
職人の遊び心とチャレンジ精神の賜物だ。
しかし、今では新潟で竹塗りが出来る職人は数名しか居ない。

 もともとバードカービングの土台を漆塗りにしようと思った。だが、講座が本格的で戸惑った。ヘラなど道具から手作りする。
地固め、水研ぎから中塗り、乾燥、上塗り、磨きと完成まで20工程もあり、漆の乾燥期間を含めると製作に半年以上かかるので驚いた。
安い漆器は工程を省略し機械化している。
手作りの漆器は千年もつ。
職人の技を考えると高くて当然だと思う。

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船場と鳥居龍蔵

船場と鳥居龍蔵

蔵本 芳弘(1組)



 東京出張の帰りに新幹線で読む本を探していたら岩波文庫の棚に鳥居龍蔵の自伝を見つけた。
小学6年の時に鳴門妙見山に出来た鳥居龍蔵記念博物館を見に行った事が思い出された。
新潟駅に着くまで、巻を措く能わずと読み耽った。

 特に幼年期を過ごした明治はじめの船場界隈の描写が出色だった。
当時の徳島は十大都市だった。
加賀百万石の金沢より人口は多かった。
市川団十郎が公演に来るなど東洋のリスボンと呼ばれ繁栄していた。
今より本屋も多く東京で評判の本は容易に手に入った。
黒崎、井関書店の名前があり懐かしかった。

 鳥居龍蔵の家は裕福なたばこ問屋だった。
新町小学校に馴染めず独学自修した。
「私は卒業証書や肩書きで生活しない。私は私自身を作り出した」と先生を家に呼び四書五経、古文、英語を学んだ。
数学は城南に石碑がある武田丑太郎先生に学んだ。
英仏和蘭語に堪能な先生は松山中学に異動し漱石と同僚になった。
坊ちゃんのヤマアラシのモデルと言われた。
高松中学が創立されるまで讃岐から徳中に越境入学する学生が多かった。

 阿波の繁栄は藍商人の働きによる。
蜂須賀家がお国入りすると細川・三好の郎党は藍商人になった。
藍玉を売る商人と売掛金を回収する商人は別だった。
大金を所持するから帯刀を許され棒術など武芸に秀でていた。

 私の祖母の里は藍の豪商「森六」の親戚だ。
畳敷きの廊下を「お引こずり」というゾロリとした着物の裾を引きずりながら優雅に暮らしていたと聞かされた。

 森六は今や化学染料からホンダにバンパー等の部品を納める従業員4000人の車両部品メーカーに成長した。

 腰に刀を帯び全国津々浦々に藍を売り歩いた阿波商人の進取の気性が培った船場の風土が鳥居龍蔵を生み出した。
自ら学問を探求しアジアを探検した人類学者であり郷土の偉人だ。
博物館は鳴門から文化の森に移転した。

 一度、じっくり見てみたい。

夕日コンサート

夕日コンサート

蔵本 芳弘(1組)



 今年も夕日コンサートを見た。
30周年を迎える。第1回から参加している。
東京と広島に勤務した時は見ていない。
それでも15回は見ている。

 今年は鈴木雅之、矢井田瞳、スターダスト・レビューが出演した。
20年前は服部克久が音楽監督でオーケストラも参加し、市民コーラスが出演する大掛かりなものだった。
全てボランティアが運営する市民コンサートだ。

 加山雄三、財津和夫、加藤登紀子、南こうせつ、堀内孝雄、松山千春、渡辺美里、松崎しげる、柳ジョージ、由紀さおり、小椋圭と錚々たる歌手が出演した。

 もともと新潟市旅館組合の若旦那が主催し、最初は中本マリがJAZZを歌った。
第2回から青年会議所主催になり、新潟市が協力し県、国も協賛するようになった。
バブルの頃は7万人を越えた。
今年は4万人を切った。
ミスチルのコンサートがあり4万人がそちらに流れた。

 我が家から200m歩けば会場だ。
砂浜に座り、枝豆をつまみながら越後ビールを飲み麒麟山のコップ酒を飲む頃にはコンサートも盛り上がり、みんな総立ちである。
佐渡に沈む夕日を見ながら、潮風に吹かれカモメが舞台を横切る最高の雰囲気だ。
最後は、舞台裏から尺玉の花火が20連発で打ち上げられ盛り上がった。

 鷲敷ロックコンサートも2万人を越える集客だが、若者向けだ。
こちらは家族で楽しめるコンサートだ。

 数年前、阿波踊り前夜祭で宇崎龍童が「30年前に四国で歌った時、一番ノリの悪いのは徳島だった」と話していた。
阿波踊りで情熱的な県民性と思っていたので意外だった。
雪国の新潟県人は大人しいと思っていたが、女性の元気がよいことに驚いた。
両脇の女性に「おじさんノリが悪いわね」と無理やり立たされた。
若者と一緒のノリで戸惑ったが終わったとき、女性から「無理に立たせてすみません」と握手された。
思いのほか、楽しかったので来年も年を忘れてコンサートを満喫しようと思った。

※夕日コンサートについての新聞記事は、LinkIconこちらから

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賀川豊彦と佐古純一郎

賀川豊彦と佐古純一郎

蔵本 芳弘(1組)



前文
「賀川豊彦は戦徳島中学のころ、ローガン先生に英語を習い聖書に親しみ洗礼を受けました。
 富田橋のたもとにあるインマヌエル教会の信愛幼稚園に多田君と一緒に通っていたのでローガン先生の名前は聞いたことがあります。徳島市民に愛された宣教師です。
今は忘れられていますが賀川豊彦など専門家の間では有名な人を城南は輩出しています。
 「日本の一番長い日」を見ました。
昔の映画よりよかったです。
新資料を参考にして昭和天皇を踏み込んで描いてます。
阿南陸軍大臣は徳島中学2年のころ、乃木大将の勧めで陸軍幼年学校に転校しました。
内務省の役人の息子で全国を転々としました。
徳島中学にゆかりがあることを知らない人が多いと思います。」

以下、本文

 岩波文庫の賀川豊彦伝を読んだ。
東大名誉教授の隅谷三喜男が書いた。
二人はクリスチャンだ。
しかし、隅谷は労働経済学の泰斗である。
信仰より労働運動に力点が置かれている。
賀川は、日本のガンジーと呼ばれノーベル賞の候補者だった。
また東久邇内閣の後継総理の下馬評がたった。
忘れ去られたようだが岩波文庫に再収録された。
今、評価が高まっている。
 
 賀川は徳中から親戚の森六の援助で明治学院を卒業し、プリンストン大学で神学を学んだ。
帰国し神戸の貧民窟で奉仕した。
日本ではじめて生活協同組合を作った。
農民運動や議員など多方面で活躍したので評価も様々だ。
権威主義的なキリスト者から批判された。
左派の社会主義者からは日和見と見なされた。
しかし博愛をモットーに実践した活動はもっと評価されるべきだと思う。
 
 戦前、ベストセラーになった「死線を越えて」は古本でも入手しづらい。
だから隅谷の著作は貴重だ。
彼は映画「人間の条件」のモデルと言われた。
行動する学者で成田闘争の円卓会議の座長を務めた。
クリスチャンで労働問題の権威だから会議を丸く纏めることができた。
隅谷だから愛情をもって賀川豊彦を描けたと思う。
徳島から世界的に有名な偉人を輩出したのに、地元でも忘れ去られた存在だ。

 城南はもう一人有名なクリスチャンを輩出している。
佐古純一郎氏だ。
神山にある浄土真宗のお寺の息子だが、牧師になった。
また二松学舎大学長であり、文芸評論家だ。
亀井勝一郎に師事した。
編集会議で小林秀雄に一歩も譲らず殴られて階段から転げ落ちた。

 新潟に転勤した頃、佐古さんが近所の教会で講演した。
徳中OBで漱石評論家という知識はあったので聞きに行った。
「三浦綾子の文学は祈りの文学である。氷点を執筆中、隣室で夫が祈り続けた。
文学史上、祈りに支えられた文学は他にない」と今でも明晰に記憶している。
講演後、「私も城南出身です」と挨拶した。
佐古さんは「そう、城南出身ですか」と白髪で眼鏡の奥の優しい眼を大きく見開いた。
著作は80冊を越える。
昨年95歳で逝去された、合掌。

深川だより

深川だより

蔵本 芳弘(1組)



 息子が引っ越した。紀伊国屋文左衛門の屋敷跡という清澄庭園の近くだ。いわゆる深川である。
白河藩主、松平定信公の墓所があるから地下鉄の駅名は清澄白河駅になった。
近くに富岡八幡宮がある。
その門前町は居酒屋の聖地だ。

 休暇で上京した。
早く着いたので隣の森下駅で下車した。
東京三大煮込みの「山利喜」に行った。
5時の開店と同時に続々と客が入る。
煮込みは絶品だった。
煮込みで6階建てのビルが建つのだから凄い。

 時間があるので富岡八幡宮に立ち寄った。
参道の折原酒店は角打ちできるので入ってみた。
若い女性が立ち呑みしているので驚いた。
鎌田君に似た着流しの男性と酒談義で盛り上がっていた。
ここは全国の銘酒が飲める。
つまみも豊富だ。
奈良の春鹿とおでんは美味かった。

 清澄白河は地下鉄が開通し、都立現代美術館ができてアート系の若い女性が住むようになった。
木場に近いので材木倉庫が多い。
廃業した天井の高い倉庫を改装し、大型の焙煎器を置く洒落た珈琲専門店が増えた。

 息子と古町の居酒屋の主人に紹介された「だるま」に行った。
麻生久美子似の女将から「満席です」と申し訳なさそうに断られた。
鮎を食べさせる店に入った。
新潟の鮎正宗を飲んだ。
安くて美味い店ですぐ満席になった。
魚三酒場も6階建てビルの3階まで5時には満席だった。
だるまは4時半の開店と同時に常連で満席になる。
東京に行く楽しみが増えた。

居酒屋「山利喜」本館   居酒屋「だるま」
東京都江東区森下1-14-6  東京都江東区門前仲町2-7-3
TEL;03-3633-1638    TEL;03-3643-4489

続・深川だより

続・深川だより

蔵本 芳弘(1組)



 出張で息子のマンションに泊った。待合わせはいつも遅い。
それまで門前仲町の「大坂屋」で東京五大煮込みと評判の煮込みをつまみにビールを飲んだ。
女将と娘で切り盛りしている繁盛店だ。
カウンター7席と壁際の5席に座敷4席という狭い店だった。
壁は色紙だらけだ。
酒場放浪記の吉田類の色紙もあった。
混んで来たから、早めに切り上げ仲町を散策した。
前に息子と飲んだ店の前を通った。
看板を見上げると「越の寒梅 鮎の里 山幸」と見覚えがあった。
19年前、魚野川で捕れた鮎を食べた記憶が蘇った。
新潟出身の大将と話し込んで名刺をもらった。
代替わりし、間口が狭くなったから気付かなかった。
看板は昔のままだった。
まだ営業しているので驚いた。

 先日、満席で入れなかった「だるま」で息子と飲んだ。
肉豆腐は大きな皿に山盛りでボリュームがある。
鮪ブツで土佐清水の酒を飲んだ。
麻生久美子似のママに「新潟のOさんの紹介で来た」と話した。
ママは「Oさんとは今でも年賀状のやり取りをしている仲だ」と新潟からの来店を大変、喜んでくれた。
ここは美人姉妹とかわいい女子大生バイトとの会話で癒される下町のオアシスの様な店だった。

 次ぎは息子が予約した清澄の洒落た居酒屋で飲んだ。
イタリアンのような店だが白木のカウンターに割烹着の若い女将が一人で切り盛りしている。
つまみに“ばくらい”と“〆鯖“で山形の上喜元を飲んだ。
 泥酔したが、翌日は朝一番の新幹線で帰った。
8時半に席に着いたから便利になったものだ。

「大坂屋」
東京都江東区門前仲町2-9-12
TEL; 03-3641-4997

「鮎の里 山幸」
東京都江東区富岡1-4-5
TEL; 03-3641-8188

金沢主計町だより

金沢主計町だより

蔵本 芳弘(1組)



 金沢に三日間、出張した。
いま金沢で予約が取れない居酒屋と評判の「空海」で飲んだ。
主計町にある明治時代の茶屋を改装した洒落た店だ。
“へしこ”をつまみに政府専用機に採用された小松の地酒「神泉」を飲んだ。
新潟でも飲めない村上の大洋盛大吟醸「鄙願」があった。
ふぐの粕漬で飲んでみた。
食べながら酒を飲むと丸みのある水のような酒がスルリと喉を通る。
旨い余韻が残るがすぐ消える端麗綺麗な酒だった。
新潟からわざわざ取り寄せているらしい。
夏木マリに似たママはカウンターで大根の桂むきを黙々としていた。
話をしたら意外に庶民的だった。
金沢で元気のある店主を撮影した写真集がカウンターに飾ってあった。
ママの写真もあった。
近くのBar一葉のマスターの写真もあったので寄ってみた。

 一葉は百年前の茶屋を改装した店だ。
紹介がないと気軽に入れる雰囲気でない。
玄関も広く階段を上がると大広間に出る。
ライトアップされた庭が見えた。
朱塗りの違い棚があり粋な空間だ。
カウンターはモダンだった。
シングルモルトを飲みながらマスターと喋っていると続々と客が入って来た。
当日は歯科学会と土木の展示会があり片町から流れてきた観光客だろう。

 観光客が少ない柿木畠に行った。
老舗の茶房「犀せい」で飲んだ。
入り口のドアノブはソクラテスのレリーフだ。
有名な彫刻家の作品だ。
階段をあがると中は広い。
ピアノがありコンサートや読書会が開催される。
金沢の文化サロンだ。
年齢不詳のママは新聞記者だった。
永禄輔、加賀乙彦など文化人に愛された。
彼らが寄贈した蔵書で図書館のようだ。
ワイン、ウイスキーもあるがカレーが美味い。
映画パンフレットは一つの棚を埋める多さだ。
金沢市内で飲みながら芸術について談論風発するには相応しい店だと思う。

 「空海」金沢市主計町三番十号 TEL;076-261-9112
 「一葉」金沢市主計町一番五号 TEL;076-222-1108
 「犀せい」金沢市片町1-3-29  TEL;076-232-3210

続々・深川だより

続々・深川だより

蔵本 芳弘(1組)



 今年も上野で開催されたバードカービングコンクールに応募した。
今年の受賞は無理だった。
会場で見知らぬご夫人から声をかけられた。
話を聞くと会社の同期Mの親友の奥様だった。
前日、酒の席で私の話題がでたと聞き世間は狭いと思った。
表彰式が終わってから、カナダ大使館に隣接する青山スクエアで開催中の第50回全国漆器展を見た。
ここは全国の伝統工芸品が展示即売されている。見ていて飽きない、お薦めスポットだ。

 東京駅で途中下車し、駅ナカにある「はせがわ酒店」で角打ちした。
亀戸が本店の銘酒取扱いで有名な店だ。
鯨の軟骨南極漬けをつまみに岐阜の禮泉大吟醸蘭奢待を松徳硝子のうすはりグラスで飲んだ。

 時間があるので清澄白河駅に近い辰巳湯で露天風呂に入った。
作品を抱えて入るのに躊躇していると女将さんに「深川に人様の物を盗る人はいないよ!」と啖呵を切られた。
ここのタイル絵は北斎だ。
外人客も多い粋な銭湯だ。
夜、息子と清澄にある居酒屋「だるま」で飲んだ。
門前仲町のだるまと全く関係ない。
こちらは孤独のグルメで有名になった。
壁には店の旅行会の写真が飾ってある。
コの字型カウンターで常連客が和気藹々と飲む雰囲気の良い店だった。
近くにワイナリーができたので寄ってみた。
都内で2番目のワイナリーだ。
大阪の松屋町にあるフジマル醸造所が今年の6月に開店した。
住宅街にあるビルの1階がワイナリーで2階はレストランだ。
出来たてのワインが飲める。
イケメンのイタリア人シェフと美人スタッフの接客が気持ちよい。

 息子がまだ飲みたいと言うので銀座のBarオーパの支店に行った。
本格的なオーセンティックバーだ。
薦めのカクテルを飲んだ息子は美味いと唸った。

はせがわ酒店GRANSTA店
東京駅構内地下1階 
TEL; 03-6420-3409

居酒屋「だるま」
東京都江東区三好2-17-9 
TEL; 03-3643-2330

清澄白河フジマル醸造所
東京都江東区三好2-5-3 
TEL; 03-3641-7115

Bar オーパ
東京都江東区富岡1-25-4
TEL; 03-5245-3539

銀座酒場めぐり

銀座酒場めぐり

蔵本 芳弘(1組)



 福本君が上京した。小西君と3人で飲むことになった。
小西君とは44年ぶりの再会だから、会社を休み付き合うことにした。
銀座で待ち合わせて佐古の夫婦が経営する「かがやき」へ行った。
阿波尾鳥の焼鳥をつまみに地酒を飲み話に花が咲いた。
小西君が徳島の情報に詳しいので驚いた。
徳島駅前にある、お好み焼き屋「ニュー白馬」の対面の店「たこ八」が東京に進出したらしい。
半田素麺を〆に食べた頃には3時間が経っていた。
三人で駄弁っていると高校生に戻った気がした。
また店の若い女性に「私も富中出身です」と言われ驚いた。

 二人と別れ息子と合流し、Barボルドーへ行った。
昭和2年創業の老舗バーだ。
十数年前まで会員制バーだった。
会員も高齢化し孫の代になった。
今は誰でも入れる。
ここは吹き抜けになっており天井が高い。
古い暖炉とマホガニーを多用した室内はまるで英国貴族の館だ。
白州次郎は暖炉前にあるアンティークな席で飲んだらしい。
ママが店内を案内してくれた。
宮大工が作った格天井は見事だ。
文化財級のBarだと思う。
久しぶりに美味い酒と会話で楽しい夜になった。

 古町のなべちゃんに、こんな話を聞いた。
いま銀座はオリンピックに向けて老朽化した雑居ビル建替の真最中だ。
家賃が上がるので若いバーテンダーが銀座から周辺の町へ流れている。
いま神楽坂や人形町にBarを開く若い人が増えているらしい。
いつか人形町で飲もうと息子と話しながら帰った。

お好み焼き 創業51年「たこ八」
東京都港区東麻布2-24-6 木村麻布ビル
TEL;03-5545-5085

銀座「かがやき」 下記に移転しました。
東京都中央区銀座7-2-14ポールスタービル5階
TEL;03-3571-0571
南佐古六番町のステーキハウスかがやきが本店です。

神楽坂牛込散策

神楽坂牛込散策

蔵本 芳弘(1組)



 年末に初孫が生まれた。東京女子医大病院に顔を見に行った。
牛込北交差点角の「肉汁餃子製作所」でランチを食べた。
餃子6個、温泉卵、スープ付で680円はお徳だ。
調布が本店で、池袋、日吉、下北沢、大宮、木場に出店し急成長している。

 病院に近い地下鉄「若松河田駅」周辺を歩いていると小笠原伯爵邸があった。
今はミシュランの星に輝くスペイン料理の店だ。
スペイン風の洋館で大使館みたいだ。
いつか孫の誕生日パーティーをここで開きたいと思った。
帰りに肉汁餃子製作所で飲んだ。
つまみ一品が380円均一と安い。
白鹿一合も380円だ。
餃子の皮せんべい、馬刺しなど変ったつまみがある。
コスパのよい居酒屋だ。

 息子に聞いたLa kaguへ行ってみた。
地下鉄神楽坂駅の近くに2年前にできた。
隈研吾が設計した。元は新潮社の倉庫だ。
外観はそのままにウッドデッキと大階段を取りつけた柱のない開放的な空間だ。
日本初のキュレーションストアと言われる。
各分野のキュレーター(目利き)が経験とセンスで選んだ本当にいいものを販売している。本屋にカフェ、雑貨など一味違う展示で知的好奇心を駆り立てられる。
また10人の作家が使ってよかったこだわりの品を販売している。

 このあたりはフランス人が多く、カグラザカと発音できずラカグと発音していたので名称をLa kaguにしたという。
 神楽坂は魅力の有る街だ。

肉汁餃子製作所
東京都新宿区箪笥町27
03-5225-3228

小笠原伯爵邸
東京都新宿区河田町10-10 
050-5868-4395

La kagu
東京都新宿区矢来町67番地

北越後だより

北越後だより

蔵本 芳弘(1組)



 広島のお客様が新潟に遊びに来られた。
村上市で鮭料理を食べたいと言うので、慶応3年創業の割烹「新多久」に案内した。
若旦那は京都で修行した人だ。
いかの刺身は細かな包丁が入ってとろける美味さだった。
鮭のパリッと焼けた皮の美味さに驚いた。
大洋盛と〆張鶴を飲んだ。
客様が日本酒もブレンドすれば一層味がよくなると言った。
飲むと全く違う酒になり驚いた。
次は〆張鶴を熱燗にした。
盃台の上の酒盃が暖められ老舗の気配りに驚いた。

 翌朝、車で30分ほどの菊水酒造を見学した。
創業135年になる。
雪の中、社長が日本酒文化研究所を案内してくれた。
ASAC「有機空間(オーガニック)認証」をうけた日本初の蔵だ。
研究所の蔵は自動制御装置を排し全て手作りで酒造りをする。
新人は5年間ここで酒造りの勘を鍛えられる。

 酒評論家の佐々木久子さんの講演を思い出した。
「岐阜の酒蔵の社長から品評会で金賞を取りたいので指導者を紹介してほしいと言われた。当時、名人と言われた立山の杜氏を紹介した。1年目、来るには及ばず。酒1本送れと言われた。すぐ返事が来て工程の3箇所を改善する指示があった。2年目も酒を送ると工程の2箇所を改善する指示があった。そして3年目に金賞を受賞した。名人は全身がセンサーだ。
火入れの瞬間を手で桶を触り判断する。頭の中にデータが蓄積されている。
こういう人が本当の名人だ。」

 ここは15000冊の図書室があり酒器のコレクションが凄い。
帰りに品評会にだす出品酒をもらった。
晩酌で飲んだ。
華やかな吟醸香としっかりした味わいの酒だ。
秋葉原の山手線高架下に出来たCHABARAにKURAM●T●STANDをだした。
菊水の全銘柄が飲める。
ここは全国の食の逸品を集めたマルシェだ。
「えぇもんあるでぇ徳島」も出店している。



割烹 「新多久」
http://sintaku.sakura.ne.jp/

菊水日本酒文化研究所
http://www.kikusui-sake.com/home/jp/labo/

だいちゃんに支援の輪を

だいちゃんに支援の輪を

蔵本 芳弘(1組)


 心臓移植が必要な「だいちゃんを救う会」の募金活動をしております。
添付のチラシ(LinkIconここをクリックしてダウンロード)を同窓の皆さんに紹介していただき、徳島で支援の輪を広げていただければ幸いです。

 弊社の女子バスケ部が母体のプロ女子バスケットチーム、羽田ヴィッキーズの元選手(早稲田バスケ部OG)の息子がコロンビア大学で心臓移植するには3億円
以上かかります。

 新潟で同僚である技術者の奥様がチームメイトで募金活動の協力を依頼されました。
両親の出身地、北海道と九州、勤務先の神奈川県、東京都を中心に支援の輪は全国に広がっています。すでに2000万円集まりました。それでもわずか6%です。
半年後の手術に、まだまだ道は遠いです。

 1月29日に両親が神奈川県庁で記者会見し全国放送されました。
趣旨にご賛同いただければ募金と支援の輪をひろげていただけるようお願い申しあげます。
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(株)荏原製作所 北陸支社
社会システム営業グループ
 蔵本 芳弘
 〒950−0941
 新潟市中央区女池6−4−64
 TEL;050-3416-4741
 FAX;025−285−8201
 携 帯;090−9397−2774
 Email:kuramoto.yoshihiro@ebara.com
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人形町甘酒横丁だより

人形町甘酒横丁だより

蔵本 芳弘(1組)


 
 人形町の甘酒横丁で飲んだ。日本橋に近いので大通りはビジネス街だが甘酒横丁は居酒屋が多く風情がある。
どん詰まりに明治座がある。
江戸時代、甘酒屋があったから地名になった。
この界隈は、「今半」など老舗が多い。
だが、「笹新」など安くて美味い居酒屋も多い。

 「笹新」で呼水として軽く飲んだ。
5時には満席になる。
創業百年の酒屋直営店だけあって臥龍梅、蓬莱泉、羽根屋をはじめて飲んだ。
また刺身豆腐の味噌漬けなど酒にあうつまみが多い。
大皿は定番の肉豆腐が美味い。
カウンターは8席と少ないので開店前から並ばないと座れない。

 次は、「山葵」で息子と飲んだ。
「深川より小粋な雰囲気ですね」と女将さんに言ったら「ここは品川ナンバーだけど、川向こうは足立ナンバーだからね」と言われた。
日本橋の名がつくからプライドが高い。
「新潟から来た」と言ったら「昔は新潟の八海山、緑川など置いていたど、今は自分で美味いと思った酒を置くようになった」と言われた。
見事なぐらい新潟の酒はない。
白魚の塩辛で作(ざく、宮城県)を飲んだ。
芳醇な吟醸酒だ。
築地から仕入れる魚料理が売りだ。
ポテサラも明太子が真ん中に挟んであり一手間かけている。
何を食べても美味しい。

 地下鉄の駅まで歩いていると芸者置屋を改装した居酒屋が並んだ路地があった。
古町のなべちゃんは銀座のバーで働いていた頃、人形町に住んでいた。
今でも人形町に詳しい。
なべちゃんにお薦めの店を聞いて、息子とまた人形町で飲もうと約束した。



酒の店「笹新」

東京都中央区日本橋人形町2-20-3 

TEL; 03-3668-2456


地酒処「山葵」

東京都中央区日本橋人形町2-11-4

TEL; 03-3666-6977

居酒屋大好きYou

居酒屋大好きYou

蔵本 芳弘(1組)



 マイク・モラスキーさんはジャズピアニストであり、戦後の日本文化を研究する早稲田大学国際学術院の教授だ。
路地裏の赤提灯探索が趣味で日本に永住した。
今年、還暦を迎える居酒屋が大好きなアメリカ人Youだ。

 四年前に著書「呑めば都」(筑摩書房)を読んだ。
私の知っているJR南武線、溝の口駅ガード下にある焼鳥屋「かとりや」の常連とわかり驚いた
留学生時代、葛飾区立石に下宿していたから下町の居酒屋に詳しい。

 昨年「日本の居酒屋文化―赤提灯の魅力を探る」(光文社新書)を読んだ。
「居酒屋は家庭でも職場でもない第三の場所だ。人のぬくもりこそ最高の肴だ。居酒屋は癒しと再生の場所だ。」と説く。
欧米にない居酒屋の魅力に惹かれる理由がよくわかる。

 彼の「日本のJAZZ文化と居酒屋文化」という公開講座が新潟市であり聞いてみた。
新潟市は毎年28ヶ所のJAZZ喫茶でJAZZ STREETが開催される。
雪国にはJAZZがよく似合う。

 また、新潟は「しょっぺ居酒屋」が多い街だ。
外観はレトロだが、安くて美味いつまみを出す店が多い。
マイクさんの話にピッタリの街なのだ。
美味い居酒屋を見つけるコツは「路地裏にある家族経営の店を永年の経験と観察眼で培った勘で探すことだ」と説く。

 5年前、広島女学院で日野原重明先生の白寿記念講演を聞いた。
「人生における3つのV」が持論だ。
「人生はVisionが必要だ。そしてVentureしないといけない。常に新しいことにチャレンジする必要がある。そうすれば人生のVictory勝利者になれる。」と説く。
90歳を過ぎて俳句やミュージカルに挑戦し、104歳になっても毎年、新しいことにチャレンジしている。
 
 マイクさんの話を聞いて刺激された。
日野原先生に習って日常のささやかな変化と冒険を求め、全国の秘湯と居酒屋巡りにチャレンジしようと思いたった。

焼鳥「かとりや」
川崎市高津区溝の口2-7-13
TEL; 044-822-8802
東急、自由が丘駅北口にもあります。

金沢花だより

金沢花だより

蔵本 芳弘(1組)


 
 金沢のお客様から尾山神社の菊桜が咲いたから是非、見に来るようにと言われた。
江戸時代、天皇から前田の殿様に御所の菊桜が下賜された。
兼六園の銘桜で、天然記念物だ。
前田利家とまつを祭る尾山神社に接木で移植された。
4月下旬から5月中旬まで咲く。
最初は深紅のつぼみが無数に咲く。
徐々に桜色の花弁が菊の花びらのように満開となる。
最後は花が白くなり柄からポトリと落ちる。
金沢は大島桜の一種である一葉や山桜から品種改良した開山など桜も種類が多い。
万石の城下町は桜も違うなあと感じた。

 夜は浅野川沿いに散策した
町屋の灯りがせせらぎに映えて美しい。
小橋の袂にうどんのお多福があった。

武家屋敷を改装した中庭が美しい立派な店だ。
萬歳楽の熱燗を注文した。
漆塗りの箱型の桶に湯をはりお銚子が運ばれてきたので驚いた。

 次は歩いて5分の主計町にある日本酒バー「数」で飲んだ。
女性の利酒師が開いた店だ。
福井の白龍を薦められた。
カウンターは5席だが2階があり、あさの川を眺めながら飲める。
隣席の常連客と日本酒談義が弾み女性店主の勧め方が上手いので、白龍を三種類も飲んでしまった。

 金沢駅前は外人客と団体客で賑やかだ。
しかし、主計町はいつ来ても、しっとりした雰囲気だ。


小橋「お多福」
金沢市彦山町1-9-31
TEL;076-231-7205

日本酒バー「数 KAZOE」
金沢市主計町3-6
TEL;090-6814-6773

居酒屋大サーカス

居酒屋大サーカス

蔵本 芳弘(1組)


 
 第3回居酒屋大サーカスが5月28日から29日にかけて新潟市で開催された。
1回目は熊本市で6万人、第2は京都市で10万人、新潟は9万人の集客があった。
会場は万代シティというバスターミナルを中心にした複合商業施設だ。
伊勢丹、紀伊国屋書店、LOFTやホテル、NGT48劇場があり新潟市で一番、若者が集まる場所だ。
100mにわたる道路とペデストリアンデッキに47都道府県の屋台が出店した。

 最終日の夕方に行ったので熊本、北海道など人気のある県は完売であった。
徳島のブースを覗くと閑古鳥が鳴いていた。
鳴門鯛のすたち酒とヤマモモのソースをかけた鳴門金時のフライしかなかった。
近くの兵庫県のブースで菊正宗のスダチ冷酒のノボリがはためき、完全にバッティングし影が薄かった。
過疎県の島根、鳥取は意外に健闘していた。
島根はかに汁と出雲富士、鳥取は鳥取和牛のステーキに二十世紀梨のハイボールを出し行列ができていた。

 空いているところを探し、佐賀呼子のイカシューマイをつまみに福岡の大吟醸「喜多屋」を飲んだ。
美味い。
次に浜松餃子をつまみに創業145年になる浜松の酒「花の舞」を飲んだ。
餃子の油を酒が流しサッパリする。
近くのブースで茨城県潮来の「友寿」という酒を飲んだ。
美味であった。
三重県はサミットで人気だと思ったら空いていた。
伊勢うどんを食べた。
酒にはあわない。
広島の焼き牡蠣は完売だった。
呉の酒「雨後の月」を3年ぶりに飲んだ。
懐かしい味だ。
来年は広島市で開催される。
おそらく10万人を越える賑わいになるだろう。

 居酒屋甲子園が成功したので毎年、各県を代表する居酒屋が集まるイベントを持ち回りで開催しようと始まった。
地方が元気になるイベントだ。
徳島でも是非、開催してほしいものだ。

人間、死んだらどうなるのか

人間、死んだらどうなるのか

蔵本 芳弘(1組)
 

 
 母と妻を亡くし死について考えた。
すると学生時代に聞いた丹波哲郎さんの講演会の記憶が蘇った。
「人間、死んだらどうなるのか」という話だった。
死ぬと魂が口から45度の角度で天井に昇る。
嘆き悲しむ家族を天井から映画を見るように眺める。
突然、真っ暗なトンネルに引きこまれ、出た所は光輝くお花畑だ。
キラッと輝く川が流れている。
対岸に両親、祖父母が手招きしている。
懐かしさのあまり川を渡るとあの世だ。
しかし、この世に未練が残り、家族の呼ぶ声を意識した瞬間、魂は体に戻り奇跡的に生き返る。
これが臨死体験だ。

 なぜ丹波さんは霊界を語るようになったのか?
大親友が末期ガンで七転八倒の見苦しい死に方をした。
あんな死に様はいやだと痛感した。
丹波さんはやキューブラー・ロスの「死ぬ瞬間」など濫読した。
霊界の存在を確信し、大学で講演会を開いた。
10年後、霊界の伝道師としてマスコミに登場し、本を40冊出版、映画も2本撮った。

 いま、終活が流行っている。
エンディングノートや賢い相続税対策などハウツウものが多い。
統計では日本人90%は死生観を持っていない。
アップル社の創業者、スティーブ・ジョブズはすい臓がんになり56歳で死んだ。
死ぬ前に「あの世に富は持っていけないが、愛は持っていける」と言った。
死に行く者の足元を照らすものは富や名声ではなく愛の思い出なのだ。
日野原重明先生は聖路加病院のターミナル病棟で末期がんの患者さんの手を握り締める。
それだけで安心して旅立たれる。
尊厳ある死を迎えるには愛のあるコミュニケーションが欠かせないと言われる。

 30年後、人類は技術的特異点に到達する。
人類の想像を越えた人工知能を応用すれば、再生医療は飛躍的に発展し不老不死も夢ではなくなる。
しかし、家族の愛はいつの時代も変わらない。
愛情豊かに暮らすことこそが尊厳ある死に繋がるのだと思う。


*技術的特異点(Technological Singularity)とは人工知能が人間の知能を超え発達すること。

ケラ演劇讃

ケラ演劇讃

蔵本 芳弘(1組)
 

 
 演劇界の鬼才ケラリーノ・サンドロヴィッチの演劇を観た。
れっきとした日本人だ。
舞台演出家、ロック歌手、映画監督と多彩な顔を持つ。
数多くの演劇賞を受賞している。
数年前にケラさん監督の「罪とか罰とか」という映画を観た。
成海璃子が売れないアイドルで一日警察署長になるドタバタ喜劇だ。
この映画はまだストーリーはあった。
新潟市民芸術文化会館で上演された「ヒトラー、最後の20000年~ほとんど、何もない~」は、ほとんど何もストーリーがない!究極のナンセンスコメディーだ。
7800円も払わせて2時間、こんな演技を見せるのか?」などと台詞なのかアドリブなのか分からない言葉が連射される度にドッカーンと爆笑が起きた。

 古田新太演じる探偵アラータと犬山イヌ子演じる弟子アルジャーノンが天国から第二次大戦時のヒトラーやアンネ・フランクたちの間で時空を越えて引き起こす、ナンセンスコメディーだ。
成海璃子と加来賢人の若手を迎え、大倉孝二ら六人の芸達者が支える。
舞台経験の少ない若手二人がノビノビと演じていた。
脈絡のない台詞を覚えるだけでも大変だと思う。
シャボン玉ホリデーやドリフターズの笑いで育った者にとって、かなり過激な笑いである。

 古町のバーテンダーなべちゃんは演劇通だ。
ケラさんのチケット予約したと話したら「大コケか大バケするか、どちらかですね」と言われ不安になった。
しかし、舞台が開くと杞憂となった。
観客は若い女性が多かった。
はじめからキャーキャー歓声があがり俳優もノリノリでアッと言う間に終わった。

 この劇はなんと文化庁劇場・音楽堂活性化事業の助成を受けているのだ。
最後は局部を極度にデフォルメした肌色のウエットスーツを着て滝のように水が落ちるなか
踊りまくって幕を閉じた。
文化庁は審査したのだろうか?
かつてはアングラ、小劇場でしか観る事ができなかった。
なんと日本は自由な国だろうかと思いながら足は古町のバーに向かっていた。

月の光を呑む

月の光を呑む

蔵本 芳弘(1組)
 
 
 
 英文学者の吉田健一は文学と旅と酒を愛した。
最後の粋な文士だ。
毎年、新潟の古町と酒田を羽越本線に乗りはしご酒をした。
それを「羽越瓶子行」という紀行文に書いた。
新潟駅に着くと宿の迎えの車で宿に行かず古町の置屋、玉家に直行した。
今代司の燗酒を飲みたいからだ。
「月の光を飲んでいるようだ」と親友ドナルド・キーンに語った。
八代目の蔵元が直々に酒を届けた。
造り手と飲み手が意気投合するのに時間はかからなかった。
年、吉田健一が亡くなるまで特級酒10本を贈った。

 酒田では初孫を愛飲した。
「味は淡淡とした君子の交わりに似ており、春風駘蕩の酔い心地」と評した。
ケンブリッジに学んだ吉田健一はテームズ川のような大きな川の流れる花街を好んだ。
金沢も毎年、訪れた。
福光屋の黒帯は吉田健一の命名だ。
燗あがりする晩酌にあう酒だ。
つまみは食べず酒を手酌で静かに飲んだ。
古町の置屋の女将を気に入り毎年、誕生日に訪れた。
最初に女将に誕生祝を言う為だ。
昭和28年から晩年の昭和51年まで律儀に付き合いは続いた。
享年65歳。

 今代司は古町に近い蔵元だ。
30年前まで古町の老舗割烹で置く酒は今代司一本だった。
越の寒梅が有名になり徐々に飲まれなくなった。
近年、新潟の下町は酒や味噌の醸造の町として見直されてきた。
今代司も錦鯉をデザインした酒でグッドデザイン賞を受賞した。
錦鯉の紅白のデザインが評判となりカープ優勝で広島の福屋デパートが大量発注したため、入手困難になった。

 「月の光を飲むようだ」などと粋な台詞は言えないが吉田健一の背中を見ながら旅と酒を愛し粋に飲みたいものだ。

女ひとり

女ひとり

蔵本 芳弘(1組)
 
 
 
 東京から昔の飲み仲間Sさんが役員退任の挨拶で新潟に来られた。
二人でよく飲みに行ったBar「辻が花」が話題になった。
相談役がお気に入りのママの店だ。
70年前、相談役が急いで書類を書き直すため近くの喫茶店に入った。
ママは松竹大船調の女優に似た知的な美人だった。
旧制高校生に昼はコーヒー、夜は酒と軽食をだす店だった。
雰囲気を気に入り出張の度に立ち寄るようになった。
そのうち、ママと四方山話をするようになった。
ある日訪ねると閉店していた。
近所の人に聞くと借金を踏み倒し、進駐軍の兵士と北海道へ夜逃げしたらしい。

 数年後、銀座の事務所にひょっこり訪ねてきた。
おでん屋で身の上話を聞き別れた。
それから、北国の医者の奥様になったという噂が流れた。
十年後、「新潟の古町で小さなBarを開店しました」と手紙が届いた。
出張の度に通うようになった。
相談役は酒が飲めない。
「コーラ1杯が何でこんなに高いのか」と厭味を言いながらも、社員に飲みに
行くよう薦めた。
おかげで一時は繁盛した。
私が赴任した頃、ママは引退していた。
同じ年頃のハーフの美人娘が店を切り盛りしていた。

 ママは女学生のころ旧制高校生と深い仲になった。
彼が進学した仙台で暮らし子供を二人もうけた。
そして捨てられた。
子供を育てるため喫茶店を開いた。
女ひとりで戦後の荒波を乗り越える苦労は並大抵ではなかった。

 オフィス移転で古いアルバムが出てきた。
新潟ビル竣工式の写真だ。
知事が列席し古町芸妓も十人いて豪勢なものだった。
その中で、ひとり輝く女性がいた。
辻が花のママだった。
相談役のモットーは「愛情と理解」だ。
高度成長期に人間疎外の組織でなく人間尊重の経営を唱えた。
愛する人々に讃美歌で見送られ相談役は天に召された。
参列者には、律儀に新潟から駆けつけたママの姿があった。

 秋の夜長、息子がプレゼントしてくれたISLAY MALTのARDBEGを飲みながら、女ひとりで背負った運命を思い、あのハーフの娘はどうなったのだろうと想像を逞しくした。

お礼とご報告

お礼とご報告


雲財敦(7組)
 

 
地酒持ち寄りにご協力頂きました方々へのお礼とご報告。

去る十月八日の同窓会には、多くの方々から日本酒をお持ち頂いて本当にありがとうございました。
途中までしか覚えていませんが、皆様にそこそこ楽しんで頂けたのではないのかなと思っています。

一応世話人となっていたので、会場では手配等をするのかな・・・
しなくてはいけないな・・・と考えていたのですが、直前の打合わせ幹事会には、所用があって欠席したもんで、佐藤会長や幹事の皆様に、全ての準備を委ねてしまいました。
それで当日のお酒の受け取りなどに全く配慮を欠いた結果となり、
本当に申し訳なく思っております。

で、当日の私は右往左往していただけで、日本酒をお持ち頂いた方の確認や銘柄の確認も出来ませんでした。
かろうじてお持ち頂いた日本酒の銘柄をメモに取っていたのですが、実は私の記憶が、この辺りから飛んでおりました。

「酒好き」の礼儀とばかり、2本あった一升瓶の1本は空にしてしまおうと欲張りまして、その酒が私好みであったことも幸い(災い)して、人生二度目の記憶ぶっ飛び(失態)が生じてしまいました。
後で見たメモには、同じ銘柄が三度も書いてあったりして、愕然とするとともに、呆然としてしまいました。

で、鎌田君に相談しまして何とか情報の収集を手伝って貰って、以下のところまで確認が取れました。
ここでもう一度、日本酒の持ち寄りにご協力頂きました方々に、改めて深謝の気持ちを表明して、報告する次第です。

尚、以下の情報は伝聞が多々有ります。
誤った箇所があれば是非ご指摘のほどお願いします。

  銘柄名        容量  産地      ご協力頂いた方
1.勝駒・本醸造     一升瓶 富山高岡    三井淳子さん
2.満寿泉        一升瓶 富山市     三井淳子さん
3.恵いづみ橋      四合瓶 神奈川海老名市 諏訪敬祐君
4.根知男山・純米    四合瓶         蔵本芳弘君
5.想天坊        四合瓶 新潟      蔵本芳弘君
6.蔵王昇龍・純米大吟醸 四合瓶         近藤誠介君
7.蓬莱泉        四合瓶 愛知県関谷酒造 岡崎純一郎君
8.越後鶴亀・純米吟醸  四合瓶 新潟      才木守君
9.びびび・本醸造    四合瓶 小豆島     佐藤幸好会長
10.翁鶴・生もと純米   四合瓶 丹波大石酒造  大島浩輔前会長
11.春霞・純米吟醸    四合瓶 秋田      雲財敦
12.春霞・純米      四合瓶 秋田      雲財敦

追記:また一緒に飲める機会があるといいですね。
   7組雲財でした。

お礼とご報告

お礼とご報告

鎌田一孝(6組)


 
 第8回城南46会同窓会にて、無理矢理に募金を強制した形になり申し訳ございませんでした。
多額のご寄付をいただき、青木茂会計(1組)ともどもお礼を申し上げます。

内 訳     500円× 2
        1,000円×75
      5,000円× 2
     10,000円× 1
総 計    97,000円

蔵本君受賞!

蔵本君受賞!

蔵本芳弘(1組)

 

 第19回バードカービング大会で受賞しました。
初級クラス、ミニチュア部門でレッドリボン(2位)受賞です。
昨年は受賞できなかったので、だめもとで広島時代の作品を出展したら受賞しました。

作品名;青雷 セイライ

鳥名;ハヤブサ(1/3ミニチュア)

青雷が鳴り響く深山幽谷の断崖で獲物を狙うハヤブサを表現しました。

土台を鏡面仕上げにして雷を金泥で表現した点が芸術性で高く評価されたのかな、と自己分析しています。
 

お礼と世話人のつぶやき

お礼と世話人のつぶやき

雲財敦(7組)



雲財@7組です。

皆様にお持ち頂いた日本酒の詳細が関係各位のご協力を得ましてやっとこさ判明致しました。
ここにご報告する次第です。
ここで改めて皆様のご協力に深く感謝致します。

1.勝駒・本醸造     一升瓶 高岡市 清都酒造    三井淳子さん
2.満寿泉        一升瓶 富山市 桝田酒造店   三井淳子さん
3.恵いづみ橋      四合瓶 海老名市 泉橋酒造   諏訪敬祐君
4.根知男山・純米    四合瓶 新潟県糸魚川市 渡辺酒造店   蔵本君
5.想天坊        四合瓶 長岡市 河忠酒造    蔵本君
6.蔵王昇龍・純米大吟醸 四合瓶 宮城県白石市 蔵王酒造 近藤君
7.蓬莱泉        四合瓶 愛知県設楽町 関谷酒造 岡崎純一郎君
8.越後鶴亀・純米吟醸  四合瓶 新潟市 越後鶴亀KK  才木君
9.びびび・本醸造    四合瓶 小豆島 森國酒造    佐藤会長
10.翁鶴・生もと純米   四合瓶 亀岡市 丹波大石酒造  大島前会長
11.春霞・純米吟醸    四合瓶 秋田県仙北郡 栗林酒造 雲財
12.春霞・純米      四合瓶 秋田県仙北郡 栗林酒造 雲財

ここからは世話人の「つぶやき」です。

三井さんの「勝駒」・・・旨かった。記憶が飛んだ。
沢山沢山飲んでしまった。
「真の贅沢を知る酒」の言葉通り、至福のひとときでした。
「満寿泉」は全国展開する有名なお酒で、私も自宅で時々飲みます。
今回は「勝駒」一辺倒だったので味見出来ませんでした。

諏訪君が持ってきた「恵いづみ橋」、これ徳島の料理屋で飲みました。
新浜町の「かとう」という私の家内がお勧めの店で、「包丁が冴えている」板場さんが選んだ、日本酒3種の中に有りました。
私は「凱陣」を飲みに行ったのですけど、「いづみ橋」も飲みました。
印象は「サッパリとした辛口」で、勿論旨かったですよ。

諏訪君からは直接メールを頂いたのですが、地ビール、焼酎、ウイスキーなど対象を広げようとのご提案、鎌田君が聞いたら、涙を流して喜びそう。
同窓会では写真撮影で走り周り、お酒もゆっくりと飲めてなかったようですが、次に再び機会があれば、今度はゆっくりと飲んでもらうということで。

蔵本君の「根知男山」。
「男山」の銘柄で飲んだことはありますが、「根知男山」は年1回発売で限定品のお酒だそうで、ううっ、飲んだのか飲んでないのか覚えてない。
それよりもここの蔵元、「蔵元の隠し酒」というお酒も造っているんですね。
新聞紙でグルグルに包んで売っているお酒。
一升瓶で頂いて、瞬く間に飲んでしまったことがあります。

「想天坊」は城南46会で時々行っているVICOREに置いてありますね。
昨年5月ですか、般若党の例会で行った時に飲みました。
これ、やっぱり新潟県のお酒だったのですね。

近藤君の「蔵王昇り龍」は初めて見ました。
独特のラベルに気が引かれたのですが(何せ収集家なもんで)、仙台四大画家「菊田伊洲」の作だそうですね。
濃醇系のやや辛口のお酒だそうですが、御免なさい、今回の私は「勝駒」しか感想を述べることが出来ません。

岡崎君の「蓬莱泉」も初見参でした。
私まだ中部、東海地方(太平洋側)のお酒を余り知りません。
静岡県の「磯自慢」とか三重県の「三重錦」などは、少し飲んだことがあるのですが、愛知県のお酒は初めてです。
まだまだ山のように沢山の銘柄があると思うのですが、これは残りの人生を賭けて挑戦しなくてはなりませんね。

才木君の越後鶴亀は、新潟旅行のお土産に買って帰りました。
このHPで連載した「今月の冷酒・第一部」の最終回4月号、四合瓶が6本並んだ写真の左から3本目にあります。
濃醇系と思うのに後味のキレの良い印象が残っています。

佐藤会長の「びびび」、これもVICOREに行って飲みました。
小豆島の地酒に相応しく、なかなかクセのある本醸造でした。
それよりも、ここの酒蔵の命名は面白いですね。
「びびび」の他に「ふふふ」があり、他に「ふわふわ」とか
「うとうと」というのや「はちはち」なんてのもある。

大島前会長の「翁鶴」、これも初めてでした。
丹波の酒といえば、「今月の冷酒・第二部」8月号で書いた「小鼓」。
「小鼓」は辛口系でしたが、「翁鶴」はやや甘口なんですね。
同じ丹波のお酒として、じっくりと飲んでみたかったです。

最後に私が持参した「春霞」ですが、これも「今月の冷酒・第二部」冒頭の6月号に書いたものです。
興味のある方はご一読して下さい。
純米と純米吟醸を持って行ったのは、同一銘柄の「飲み比べ」をしたら面白いかな、という「酒好き」の発想からでした。
我が家の常備酒として、最近はこればかり飲んでいます。

いろいろと書いてきましたが、本当に有り難うございました。
また機会が得られるなら、今度こそ性根を入れて、楽しい「お酒談義」の場を設けたいと考えています。


ここで訂正です。

先日報告しました、持ち寄り日本酒の一覧表に誤りがありました。
謹んで訂正させて頂きます。(管理人註: 一覧表は訂正いたしました)

蔵本君からのご指摘で、「根知男山」は飛騨市ではなく糸魚川市と判明しました。
とんだ誤解をしてしまったことをお詫び致します。

私が記載した「蔵元の隠し酒」は飛騨市の「渡辺酒造店」のお酒でして、蔵本君が持ってこられた「根知男山」は、糸魚川市の「渡辺酒造店」のお酒です。

「根知男山」は初見参だったもので、HPから「渡辺酒造店」を見つけて、そこへ飛んだら、飛騨市の方へ飛んでしまったという顛末です。

そこに「蔵元の隠し酒」という知っている銘柄を見つけそちらに話を向けてしまいました。
とんだ見当違いの感想になり、汗顔の至りです。

蔵本君にも、この稿を読まれた方にもご迷惑をお掛けしました。
謹んで訂正させて頂く次第です。

忘れえぬ一献

忘れえぬ一献

蔵本芳弘(1組)



 私物を整理していると古いテレフォンカードが出てきた。
亡きO部長の記念品だ。
30年前、屋根雪を川に流す流雪溝が詰まらないよう雪塊を砕く機械を開発した。
NHKニュースで実験が放送された。
Oさんと長岡駅前の魚仙で飲んだ。
ここは全国から新潟の地酒を飲みに来る店だ。
当日Oさんはチビチビと舐めるように飲んだ。
聞くと「腹の調子がよくない」と言った。
柳鰈を食べていると、「子供の頃、魚をきれいに食べると大人が褒めてくれるのが嬉しくて魚の食べ方が上手くなった」としみじみと語った。

 しばらくしてOさんが緊急入院した。
仕事はT課長が引き継いだ。
Tさんの油絵はプロ級だ。
宝生流の謡で鍛えた喉で井上陽水を歌った。
流雪溝に雪を投入する人手が足りず、Tさんと私も駆り出された。
近所の爺さんが「これでアッタマレや」とカジカ酒を差し入れてくれた。
鰍を炙った香りが鼻に抜け五臓六腑に染渡る美味さだった。

 実験開始から3ヵ月後、Oさんは大腸がんで亡くなった。
しばらくして、奥様から関係者にテレフォンカードが贈られた。
ROYAL SALUTE21年を手に微笑むOさんの写真が印刷されていた。
もらった人は皆「これは使えないな」と財布にしまった。
海外出張の度に奥様が車で送迎する仲の良い夫婦だった。
葬儀は田園調布カトリック教会で行われた。
臨終の席で洗礼を受けた。
洗礼名はフランシスコ・ザビエルだ。
麻雀と酒を愛したOさんが別人になった気がした。

 新人の頃、Oさんの仕事が遅いので工場へアオリに行った。
気負って喋る前にOさんが「君は何をそんなにカリカリしているのかね。飴でも舐めて落着けよ」と飴玉をヒョイと摘み手渡された。
剣道で間合いを詰めて「メーン」と一撃を打とうとした瞬間、間合いを外され、その場に根ついたように思考が止まった。
帰社して上司に報告すると「飴玉しゃぶらされて手ぶらで帰ってくるとは情けない」と悪口雑言を浴びせられた。
だが何故かOさんは憎めなかった。Oさんの写真を眺めていると「君は何をカリカリしているの。少しは落ち着きなさいよ」
と言われている気がした。

人生の秋に

人生の秋に

蔵本芳弘(1組)



 先日、あるセミナーを受けた。上智大学のヘルマン、ホイヴェルス神父の「人生の秋に」という随想集のなかの詩が紹介された。
なぜか癒され、心に響いた。

        「最上のわざ」
この世の最上のわざは何?
楽しい心で年をとり、働きたいけれども休み、
しゃべりたいけれども黙り、失望しそうなときに希望し、
従順に、平静に、おのれの十字架をになう。

若者が元気いっぱいで神の道を歩むのを見ても、ねたまず、
人のために働くよりも、謙虚に人の世話になり、
弱って、もはや人のために役立たずとも、
親切で柔和であること。

老いの重荷は神の賜物、
古びた心に、これで最後のみがきをかける。
まことのふるさとへ行くために。
おのれをこの世につなぐ鎖を少しずつはがしていくのは、
真にえらい仕事。

こうして何もできなくなれば、それを謙虚に承諾するのだ。

神は最後にいちばんよい仕事を残してくださる。
それは祈りだ。手は何もできない。
けれども最後まで合掌できる。
愛するすべての人のうえに、神の恵みを求めるために。

すべてをなし終えたら、臨終の床に神の声を聞くだろう。
「来よ、わが友よ、われなんじを見捨てじ」と。

 4年前、映画「ツナグ」で松阪桃李がデビューした。
祖母役の樹木希林が語るこの詩がエンドロールで流れた。
この世にツナグ鎖を外していくのはシンドイ仕事だ。

映画「沈黙」を見て

映画「沈黙」を見て

蔵本芳弘(1組)



 ハリウッドの巨匠、マーチン・スコセッシ監督が遠藤周作の沈黙を映画化した。
初日に見たがほぼ満席だった。
「最後の誘惑」でイエスを人間的に描きキリスト教会からバッシングを受けた。
その頃、NYの大司教から遠藤の小説「沈黙」を贈られ、感銘をうけ映画化を考えた。

 映画の冒頭、マカオで恩師が棄教したと聞かされたロドリゴは日本に行く決心をする。
道案内に漂流漁民のキチジローを選ぶ。
酒場で泥のように酔いつぶれる者に身を委ねる不安。
しかし彼はキリシタンで長崎の村に案内する。
碧い海と空に自然の音、世界は美しいのにキリシタン弾圧が村に襲い掛かる。
村人は踏み絵を踏む。
しかし役人は容赦しない。
十字架のキリストに唾を吐けと言う。
キチジローは躊躇いもなく唾を吐き、背を丸め逃げるように去った。
村長とモキチは拒否した。
海中に建てられた十字架上でモキチは聖歌を歌いながら天に召されるまで四日かかった。
ロドリゴは木陰からモキチの死に様をジッと見ていた。

 キチジローの密告でロドリゴも捕まる。
奉行所で拷問が始まる。
信徒の叫ぶ声に耐えられなくなり踏み絵を踏む決心をする。
その時、踏み絵にルオーが描くような哀しみのキリスト像が浮かぶ。
父なる神は裁きの神である以上に愛と許しの神である。
神に背く弱く愚かな人間を愛し許そうとする時、心に痛みを感じる。
神の痛みが哀しみとして踏み絵のキリスト像に現れたのだと感じた。

 ロドリゴのモデルはジョゼッペ・キアラ神父だ。
シチリア島出身で今も殉教者として尊敬されている。
監督はシチリア島移民の息子だ。
不思議な縁を感じる。
江戸の後楽園に近いキリシタン屋敷で40年も幽閉され80代で亡くなった。
キチジローは中間として使えた。
晩年、キチジローは「Forgive me padre」とロドリゴに告解を受けてほしいと嘆願する。
仏式の棺に日本人妻が守り刀と一緒にモキチの作った素朴な十字架を握らせた。
このラストシーンのために監督の28年の深い思索があったのだ。
エンドロールが流れても一人として席を立つ人はいなかった。

十歩燗

十歩燗

蔵本芳弘(1組)



 福本君が上京したのでミニ同窓会になった。
勝浦君が神田駅前の焼きトン「神田とら八」を7名で予約してくれた。
2時間半、飲み放題で談論風発し記憶がなくなった。
 二日酔いで目覚めた土曜の朝、内田百閒先生の阿房列車に倣い「何も用事はないが電車に乗って酒を飲みに行こう」と決めた。

 JR大塚駅前の居酒屋「江戸一」で飲んだ。
湯島のシンスケ、根岸の鍵屋と並ぶ東京の三大居酒屋だ。
先代の女将は燗づけの名人だった。
湯煎したお銚子が客に届く間に冷めることを考慮し、客が杯を口にした瞬間が最上の燗になるようにした。
この名人芸を常連客は十歩燗と名付けた。
今どき、五つ玉の算盤で勘定するのには驚いた。

 映画Wall StreetでMichael・Douglasが語った「Greed is good」は名台詞だ。
強欲資本主義のグローバル化は格差を拡大し、難民を発生させ、テロの蔓延、保護主義の台頭、世界秩序の崩壊とトランプ現象を引き起こした。

 手本のない混迷の時代をどう生き抜くか?
ダボス会議で「How to Create your Future in VUCA era」と話題になった。
mindfulnessとかgrit(やり抜く力)が米国で評判だが、日本には武蔵の五輪書がある。

 武蔵は62歳で万里一空の境地に達した。
武芸者は職人に似て段取り、拍子が肝要と命がけの実利的な兵法書「五輪書」を書いた。
無駄のない動きでピンポイントの燗をつける十歩燗は、まさに万里一空の境地である。

 常に平常心で技を磨く名人がどんな職場にもいる日本は、VUCAの時代を切り拓くことができる唯一の国ではないかとほろ酔いの頭で考えた。

※ VUCA Volatility(変動)Uncertainty(不確実)Complexity(複雑)Ambiguity(曖昧)の略、最近の世情をあらわす用語

「江戸一」東京都豊島区南大塚2-45-4 三栄ビル1階
     TEL;03-3945-3032

関西46会雑感

関西46会雑感

蔵本芳弘(1組)



 5月下旬、姪の結婚式が三ノ宮であった。
前日、ミニ同窓会を呼びかけた。
川上君が北野坂のにしむら珈琲店のレストランを予約してくれた。
鍋島さん、森君、福本君が参加してくれた。
レンガ造りの蔦の絡まる洋館だ。
写真撮影を忘れてしまうほど談論風発した。
関西同窓会で鎌田君に「写真はないの?」と言われ、ハッと気づいた。

 結婚式は神戸祭りの真っ最中に行われた。
市役所裏の第一楼という北京料理の老舗だ。
レンガ造り6階建ての立派な店で驚いた。
北京ダック、フカひれの姿煮、鮑のオイスターソース煮と最高の味だった。

 6月10日、琵琶湖ホテルの関西同窓会に参加した。
34名が参加し大盛況だった。
高田(藤井)馨子さんが名水で知られる伊予西条の酒「石鎚」を持参された。
ANA国際線ビジネスクラスで出される酒だ。
私は白瀧酒造の「上善如水、貴醸酒」をだした。
あまりに石鎚が美味くてつい飲みすぎてしまった。
JALやANA国際線の機内酒選びは定評がある。
JALの元CAで国際利酒師の平出淑恵さんの話を今春聞いた。
昨年、神戸で世界最大のワイン品評会の日本酒部門が開催された。
彼女が成功させた。
新潟県の日本酒輸出量は10年で5倍に伸びた。
出せば売れる好調ぶりだ。

 翌日、ハワイから帰った姪夫婦と昼食をともにした。
店は南京町にある海鮮中華「和」という行列のできる店だ。
4年前、有名ホテルのシェフがだした家庭的な店だ。
市場直送の海鮮と優しい味付けのお粥定食は絶品だった。

 姪はパルモア病院の産科に通院している。
担当医は城南、徳大(医)卒の30代の女医さんと聞いた。
30年前「パルモア病院日記~三宅廉と二万人の赤ん坊たち」を読んだ。
周産期治療を確立した三宅廉の生き方に感動したことが思い出された。
安産を祈りながら墓参りのため徳島行きのバスに乗った。


香港海鮮料理「和 KAZU」  
神戸市中央区元町通4-1-3
TEL; 078-371-3118


追記)①愛媛県西条市にある石鎚酒造の「石鎚、純米吟醸、緑ラベル槽搾り」は2013年にANA国際線ビジネスクラスの機内酒に採用された、国際的に認められた日本酒です。また「日経おとなのOFF2015年3月号」で“2015年旨い日本酒ベスト30”に選ばれた酒です。

   ②越後湯沢にある白瀧酒造の「上善如水、貴醸酒」は平安時代の延喜式に書かれた古代酒の製法で作られました。仕込み水の代わりに純米酒で仕込み、6年間長期熟成した高級酒です。水のように飲みやすい濃醇な酒です。

城南塾のご報告

城南塾のご報告

吉本雅彦(5組)



 吉本雅彦@5組です。

平成29年度の徳島城南塾SSH(スーパーサイエンスハイスクール)特別講演会(6月26日(月))で城南高校へ行ってきましたので、その報告をします。

 この特別講演会は平成26年度から今年で4回目で、年に一度、6月に実施されます。
「VLSIコンピュータの進展とSmarter Societyの実現」)という内容で、1時間半、対象は1〜3年生生徒全員・参加希望の保護者・教職員など約1千人を前に講演してきました。
指数関数で進展するVLSIコンピュータ技術について、Singularityを視野に入れた話とその時代に活躍するための心構えを話しました。
私は46年前の卒業ですから、その時点では生徒の親御さんも生まれてない方も大勢いることでしょう。
そんな年齢ギャップの大きな若い高校生たちのハートを揺さぶる話ができたかどうかわかりませんが、詳細内容については、下記サイトにアップされています。
http://jonan-hs.tokushima-ec.ed.jp/joc9zcbh8-19/#_19
体育館での講演(上記アドレスのサイト上に講演時の写真が多数あります)

 それから、鎌田君に依頼されていました、46会還暦記念誌「華甲」の図書室での保管状況の確認ですが、たしかに図書室に保管されていることを松山校長先生自ら示していただきましたので、ご安心ください。
還暦記念誌「華甲」を手にする松山校長先生

 我が母校は、我々がいたころは阿州の英才が集まる進学校でしたが、今は甲子園に出場するスポーツの学校に変身していました。
1階の校長室横にはその受賞成果が数多く展示されています(下記写真)。
吉本君を挟んで、校長先生と担当教員との記念写真
廊下ですれ違う学生たちは礼儀正しく、講演前の時点で明らかに外部の訪問者と思われる私に対して、皆礼儀正しく挨拶ができるのに感心しました。
校舎は全く新しく建て替わり、元プールのあった位置に体育館が建てられていました。
各学年ともほぼ8クラス編成で文系と理系が半分ずつの構成でした。
クラスの教室だけでなく、物理、化学、クッキング、などを含む多くの特別教室、吹き抜けのある広い図書室、カフェテリアなど、我々のころに比べると素晴らしい環境でした。

 我々は46年卒業で、くしくも今年は卒業後46年の年になっていました。
我々にとっては、今年は記念すべき「46」の年ですね。
皆さんも機会あれば母校を訪ねてみてください。

神戸大学オープンキャンパスのご報告

神戸大学オープンキャンパスのご報告

吉本雅彦(5組)



 吉本雅彦@5組です。

 神戸大学のオープンキャンパス(8月10日)にて、今年も城南高校の学生達が弊研究室を訪問してくれましたので、その報告をいたします。
弊研究室の研究内容に関しては下記のWebページを参照してください。
http://www28.cs.kobe-u.ac.jp/

 平成26年以降、今回で4回目の研究室訪問です。
今年は、応用数理科2年の生徒が対象で、午前は高輝度光科学研究センターで、Spring-8とSACLAを見学し、午後は神戸大の六甲台キャンパスに参加。

 当日のトータルの参加者は36名と引率教員が3名(理科の御担当)。
工学部の他学科、理学部、農学部を含む理系の希望学部にわかれての見学で、弊研究室には6名の学生と元山教頭先生が見学に来られました。
13:30から16:30までの3時間、模擬講義、研究室見学、神戸大生との懇談などを実施。

 模擬講義では、(6月に城南塾で実施した私の講演内容と重ならないように)研究室の若手教授の川口先生による「人工知能ハードウェア」の講義を実施。VLSIコンピュータの性能向上が人工知能の実現にいかに寄与しているかや、ニューラルネットアルゴリズムの紹介、そして人口知能の発展後も生き残る職業などについて興味深いプレゼンを行いました。
 また、研究室の最近のトピックスである「デジタルヘルスセンサー」や「自動運転応用歩行者検出システム」の説明とデモを学部4年生の学生達が実施。

 今年の城南生は積極的な質問が多く、十分な手ごたえを感じました。
今後のかれらの進路決定の参考にしてもらえればと思います。

 ちょっと重たいですが、当日の写真を添付してご報告しておきます。

個展"connect"のお知らせ

個展"connect"のお知らせ

生越重章(4組)



私の大学を今年卒業した学生(稲垣里弥)が個展"connect"を開くとのことです。
電子・情報工学科の学生ですがアートにすごく関心があるようです。
たまたま授業で触らせた無線通信用の同軸コネクタを題材にしたものです。
そんなことで、トークに出て欲しいということでノコノコと出て行くことになりました。

彼女は、2014さぬき映画祭に自ら監督をした作品「レッケン団」を出品しています。
さらに、2015年は助監督として関わった「よるべしるべ」(清水光二監督)が優秀企画上映作品に選ばれました。
どのような形で展示されるのかわかりませんが、行ってみてのお楽しみというところでしょうか。
京都在住の46会メンバで、アートおよび通信に関心のある方にご覧頂ければと思います。

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    個展"connect" 概要

期間: 10/10-10/15 12:00-18:00
    (トークイベント:10/14 16:00-)
場所: trace(トレース)
     京都市下京区和気町4 栗塚運輸倉庫2F
    (京都水族館北隣)
    
詳細は  LinkIconこちらをご覧ください。
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クリックすると拡大できます

パッチワークキルト作品展のお知らせ

山本(虎谷)さんのパッチワークキルト作品展のお知らせ

髙田(藤井)馨子(6組)・鍋島(小林)優子(7組)



山本(虎谷)さん(3組)のパッチワークキルト作品展が、以下の要領で開催されます。
千葉近辺あるいは関東在住の方のご来場をお願いいたします。

■期 日   2017年11月15日(水)〜11月19日(日)
■時 間   09:30〜17:00
       最終日(19日)は、16:00閉場
■場 所   〒285-0845
       千葉県佐倉市西志津4丁目1番2号
       西志津ふれあいセンター 2階ギャラリー
■主 催   キルトパーティー公認講師 山本佐知子

以上

ポスター写真(クリックで拡大表示できます)

関西支部新春幹事会

2018年関西支部新春幹事会

木藤茂(8組)・鍋島(小林)優子(7組)



本日、梅田の中華料理店にて、関西支部 新春幹事会を開催しました。
9名集合
その中で、次回46会 関西支部同窓会の開催を2019年5~6月吉日に
神戸にて開催しようと決まりましたので、皆さんに告知お願いします。
よろしくお願いします。
30分遅刻の木藤でした。

〈木藤茂〉


去年の大津での同窓会で話が出た1年2組同窓会は今年4/21梅田で13時頃から開催予定。

〈鍋島優子〉


(クリックすると拡大表示できます)
左から森君(1組)・川上君(6組)・鍋島さん(7組)・宮本さん(5組)・阿部君(3組)・佐賀君(7組)・阿部さん(6組)・中西さん(4組)・木藤君(8組)

思わぬ邂逅

思わぬ邂逅

吉野公博(4組)



城南46卒の皆様へ

 9月19日に、嶋崎(久保)明美さんが医療安全(診療録の記載)の講演に来てくれました。
 非常にクリアーカットで男前な講演でした。大変勉強になりました。

 小生、1年2組で一緒だったのですが、高校卒業以来47年ぶりの再開でした。
 小生は、すぐに認識してもらって、一安心。
 その後、スタッフと一緒に丸亀発祥の一鶴の鳥を食べに行って楽しい時間を持つことが出来ました。
 講演は、非常に好評で次回もとスタッフから要望が出ています。
 皆さんも機会を作って、医療安全の講演に呼んであげてやー。
 写真を1枚貼付します。 皆さんお元気で。では、また。

県展ダブル受賞

県展ダブル受賞

HP管理人




第73回徳島県美術展日本画の部徳島新聞社長賞を久保君(9組)が受賞いたしました。
また、同書道の部特選を富永(林)さん(3組)が受賞いたしました。
※ぜひクリックして、拡大表示にてご覧ください。

第73回徳島県美術展日本画の部徳島新聞社長賞受賞作品



※なお、久保君の作品は、こちらLinkIconにもあります。

第73回徳島県美術展書道の部特選受賞作品

慰霊

慰霊

山本(虎谷)佐知子(1組)




こんにちは。
3の1 山本(虎谷)佐知子です。

ニューヨーク、マンハッタンにある9.11メモリアルに行って来ました。

また新しく、恐ろしいほど高いワールドトレードセンターが聳え立っていますが、その脇の元のWTC跡地に二つの大きなプールがあり、周囲は犠牲者の名前が刻まれた慰霊碑になっています。

約3000名の名前の中から犠牲になった槇本孝志君の名前を探すのは大変でしたが、朝靄の薄明かりの中、探し当てた時は涙が溢れました。

世界の最前線で活躍していたからこそ、こんな所で大切な命を失ってしまったのですね。
本当に残念です。

あれから随分時間が経ってしまいましたが、今も大勢の人達が訪れ混雑していました。

もう二度とこんな事が起こりませんように!
改めてご冥福をお祈り致します。



※是非クリックして、拡大表示でご覧ください。
槇本孝志君の名前が見えます。

アルゴファイル賞受賞

バードカービングコンクール受賞

蔵本芳弘(1組)




 ご無沙汰してます。
第21回全国バードカービングコンクールで受賞しました。
ジョウビタキを出展しました。
企業協賛のアルゴファイル賞という奨励賞のようなものです。
¥8000相当のダイアモンドビッド30本セットを頂きました。

会社の先輩、同期が受賞を祝って銀座並木通りのハイアットセントリックホテルのレストランでビールを鯨飲しました。
このホテルはかつて石川啄木が働いていた朝日新聞東京本社です。
戦後、朝日ビルになり、私は入社から15年、朝日ビルの6階が勤務先でした。
今は欧米人の観光客、ビジネスマンで一杯の高級ホテルになりました。